イギリスのトラス政権の減税政策発表で、26日にポンドが急落(フラッシュクラッシュ)しました。
ポンドだけでなく、株式、債券が一斉に下落するトリプル安に陥っています。
現在イギリスに何が起こっているのかまとめました。
トラス政権の減税政策発表でトリプル安(10月20日更新)
9月23日クワジ・クワーテング財務相は大幅な政府借り入れを前提とした450億ポンド規模の減税政策「ミニ・バジェット(小さな予算)」を発表しました。
この減税は1972年以来の大型減税です。
※10月3日「最高税率引き下げ」撤回で430億ポンドに縮小(10/3更新)
※10月14日「法人税引き上げの廃止」を撤回で250億ポンドに縮小(10/15更新)
※10月14日、クワーテング財務相解任(10/15更新)
※10月17日、ハント英財務相、減税計画をほぼ撤回(10/20更新)
※10月20日、トラス英首相、辞任を発表(10/20更新)
政策の内容は下記の通りです。
- 家庭や企業の光熱費負担に上限を設ける
- それによる企業の損失は政府が補填する
→今後半年間で約600億ポンド規模になる見通し
→10月17日、ハント英財務省が光熱費支援策の期間も来年4月までに短縮(10/20更新)
■法人税率の引き上げ廃止(19%→25%)
→10月14日、法人税引き上げの廃止を撤回。国の税収は180億ポンド(約3兆円)増える(10/15更新)
■国民保険料の1.25%引き上げ撤回
■所得税引き下げ
- 所得税の基本税率を20%→19%に引き下げる
→10月17日、ハント英財務省が所得税の基本税率引き下げ案などの撤回(10/20更新) - 所得税の最高税率(45%)を引き下げる
年間15万ポンド(約2350万円)を超える所得に課されている45%の税率区分を廃止し、40%に合わせる
→クワーテング英財務相が所得税の最高税率を引き下げる計画を撤回(10/3更新)
■住宅購入者に対する不動産取得税引き下げ
■前例のない税制優遇措置で企業の投資を呼び込む
- ロンドンの金融都市としての魅力を高めるため、銀行員のボーナス上限を撤廃
■その他減税
→10月17日、ハント英財務省が配当税の税率引き下げと酒税凍結の計画も撤回(10/20更新)
この一連の政策により公的債務が720億ポンド増えます。
財源は国債発行で賄うため、国債価格下落(金利上昇)しました。
金利上昇と債務急増は財政悪化を招きます。
この減税政策の発表をうけ、イギリスは株価、通貨ポンド、英国債価格下落(金利上昇)のトリプル安となりました。
ポンドは週明け9月26日(月)に、対ドルで史上最安値を付けました。
下記はポンド/米ドルの4時間足チャート(ローソク足)です。
緑は英国債30年利回り、水色はイギリスの株価指数FTSE100です。
ちょっとまて、恩恵を受けるのは大企業や富裕層じゃん・・・
高所得者だけより多く減税とか不公平すぎない?
トラス政権の減税は富裕層のための減税
「所得税の最高税率(45%)を引き下げ」、「銀行員のボーナス上限を撤廃」・・・
お気づきの通り、この減税政策で最も恩恵を受けるのは富裕層です。
トラス首相は、トリクルダウンを目指しているようです。
トリクルダウンとは、「富裕層がさらに裕福になれば、貧困者にも自然に富がこぼれ落ち、経済全体が良くなる」とする経済理論のこと
しかし国債通貨基金(IMF)はこのトリクルダウン経済学を下記のように否定しています。
国際通貨基金(IMF)は「貧困層と中間層の所得シェアを増やすと成長率が高まる。上位20%の所得シェアを増やすと逆に成長率が低下する。金持ちがさらに金持ちになると、その恩恵は全体に行き渡らない」とトリクルダウン経済学を否定している。ジョー・バイデン米大統領も「トリクルダウン経済学にはうんざり。それは全く機能しない」とツイートした。
(Newsweekより)
富裕層から低所得層に富が流れるのにどれだけ時間がかかるのでしょう?
より富むのは富裕層で、末端の貧困層の恩恵はほんのちょっとでしょう、と個人的には思います。
なんでそう回りくどいことをするのか。。
よりインフレに苦しんでいるのは低所得層です。
この政策が国民に理解されるとは到底思えません。
国民だけでなく、市場からの信頼がなくなっています
イングランド銀行の対応
トラス政権の減税策により国債が売られ利回りが急上昇していたため、イングランド銀行は介入せざるを得ませんでした。
国債売却(金融引き締め)の延期
イギリス国債を10月から1年間で800億ポンドを売却すると発表していましたが、10月末まで延期しました。
長期国債を無制限で購入
9月28日市場の安定化のために長期国債を無制限で購入するとしました。
20年以上の英国債を対象に、10月14日まで毎営業日実施するとしています。
市中の国債が減少する(国債価格が上がる)ので、金利低下につながりました。
また、ポンドは一時対ドルで1.4%上がりました。
イングランド銀行の国債購入の介入は、トラス政権の尻ぬぐいとも言えます。
トラス首相はイングランド銀行と緊密に連携していると言っていますが、緊密に連携していたら、こんなことにはなってないと思います。
各国の反応
イギリス以外の国はこの減税政策をどう評価しているのでしょうか。
サマーズ元米財務長官はブルームバーグBBCの報道番組で、以下のように発言しました。
「主要7カ国(G7)による政策発表が、市場からも経済専門家からも、これほど否定的な反応を引き出したことは、正直言って記憶にない」と話した。
「ある国で金利が2日間でこれほど上昇し、同時に通貨が大きく下落した場合、それは市場の信用と信頼が大きく損なわれたことを意味する」
(BBC NEWS|JAPNより)
ドイツのリントナー財務相はかなり皮肉の効いた発言をしています。
リントナー氏は「英国では、中央銀行がブレーキを踏むのと同時に、政府はアクセルペダルを踏むという壮大な実験が始まりつつある」と発言。「われわれはこの試みの結果を待ってから、教訓を導き出す意向だ」と述べた。
(Bloombergより)
以下はECB政策委員会メンバーのセンテノ・ポルトガル中銀総裁の発言です。
センテノ氏はリスボンでの会議で「英国で見られている反応は厳しい状況を生み出す可能性があると容易に予測できるだろう」と話した。
(Bloombergより)
インフレ抑制のための金融引き締めをしながらの拡張財政は理解されません。
減税のタイミングが早すぎると思います。
インフレと戦っている今するべきではないです。
まとめ|イギリス発の金融危機(10/20更新)
減税は消費を促進し、更なるインフレを悪化させる懸念があります。
またポンド安により、ドル建てで取引するエネルギー価格や食料品など輸入品の上昇に繋がり、これもインフレ悪化の要因となります。
トラス首相はエネルギー高騰対策を強調しているようですが、減税政策でエネルギー価格が上がれば本末転倒です。
政府が補填するといっても、財源はほとんどが国債の発行です。
これは財政悪化につながります。
イギリスへの信頼の悪化が、金利上昇、ポンド安を招く・・・そして止まらないインフレへ。
負のスパイラルですね。
国民のエネルギーへの支払いが減っても、代わりに住宅ローンの支払いに苦しむことにもなりそうですね。
サマーズ元米財務長官が、新興国を例に挙げていますが、私もこの一連のニュースで浮かんだのが日本とトルコです。(日本は新興国でないですが(笑))
もちろん政策は異なりますが、チグハグなことをしているのが共通しています。
トルコのような新興国は金利が高くても、過度なインフレで通貨は売られています。
日本の異次元緩和と円買いの市場介入もアクセルとブレーキを同時に踏むようだと例えられましたね。
トラス政権は11月23日に財政計画の詳細発表を予定していますが、そこまで市場は待ってくれるのでしょうか?
そう簡単に政策を撤回できるものでもないですし、この先どうなるのか、、
国債購入は時間稼ぎにすぎません。
とにかくこの時間稼ぎの間に何ができるかトラス政権には考えて頂きたいです。
イギリス発の金融ショックを起こさないことを期待します。
※以下10月20日追記
10月17日、ハント財務相はトラス政権が打ち出した「大規模減税策のほぼ全てを撤回する」と発表しました。
そしてついに10月20日にトラス英首相が辞任を発表しました。
このイギリスの大騒動は、就任からわずか44日という歴代最短期間での辞任で幕を閉じました。
減税策を目玉に当選したのですから、そのほとんどが撤回された今、辞任は当然の流れです。
とにかくイギリス発の金融危機を止められてほっとしました。
しかしこの騒動で、投票する国民側にもある程度経済の知識がないと危険だなと思い知りました。
経済に興味がなければ、インフレしてるのに減税なんかしたらヤバイ!という考えに至ることは、なかなかできませんよね。
投票率さえも低い日本で、そこまで国民に求めるのはなかなか難しそうですが。
しかしやっぱり経済の勉強は大事です。これからも理解する努力をしていきたいと思います。
やっぱり賢い国民になりたいですね。
政府はお金を配ればいいってもんじゃないのよね。求める国民もさ。
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